mokuba 片側フリルリボン
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null 唇から再び真言が漏れる。そして愚彊は、ゆっくりと歩き出した。      2  午後の陽は、春霞にかすんでいた。  人々を拒むような険しい地形。奥深い樹海の上空を、数羽の猛禽が舞っている。  広げた灰黒色の翼の長さは、いずれも二尺近い。白地の腹面には特徴的な黒の横帯が、美しく描き出されていた。大鷹である。  樹海の奥の谷間には、古い社を中心にした集落があった。  往来が容易とも思えぬ辺地にしては、意外なほど大きな集落だ。まるでそこに近づく者を警戒するように、谷間の複雑な気流に乗って、鷹たちはその上空を舞っている。  そして奇妙な装束に身を包んだ一人の男が、細い滝の上流から、鷹の行方を見守っていた。  四つの瞳を刺繍した不気味な布で、顔を覆った男。蒼頡である。  流れ落ちる滝の音を聞きながら、蒼頡は飽くことなく猛禽の姿を追っている。大鷹は蒼頡の私鷹であった。  甲賀の民といえども、自らの集落を維持するために畑を耕すし、狩りも行う。  豪族同士の諍いがあれば、その異能の力をもって手を貸すこともあるが、戦そのものを生業《なりわい》としているわけではないのだ。  その中で蒼頡は狩りを得手としていた。  公家たちの遊戯とは違う、本物の鷹狩りである。鷲鷹に匹敵するほど遠くを精確に見通す蒼頡の瞳は、鷹を操る際に、その異能を最大限に発揮した。鷹たちもまた蒼頡にはよく馴れた。  しかし今の蒼頡は、狩りのために鷹たちを飛ばしているわけではない。  蒼頡の役割は集落の見張りと将門の捜索である。将門たちの一行が、火計によって妙見衆の僧兵団を壊滅させたのは昨日未明のこと。一昼夜が過ぎてなお、彼らの行方はつかめていない。